2015年10月28日水曜日

映画目録「明日へのチケット」


<あらすじ>
舞台は国境を越えてローマへ向かう列車の中。偶然、居合わせた乗客達の一夜限りのオムニバスドラマ。1話目は、若い女に心を奪われて妄想をたくましくする初老の男性の話。2話目は老人の世話をすることで兵役を逃れようとした若者が、結局は自分勝手な中年のおばさんに振り回される話。3話目はチャンピオンズリーグの応援に行くセルティックのサポーター3人組が切符をなくして騒ぐ話。そこに、移民の家族が加わっていく感じ。
<多分ここが面白いところ>
近しい場所で、長い間接しているにもかかわらず、何の関わり合いもない「乗客」という関係に注目したのは面白いなと思いました。普段は気にもとめませんが、車内にいる人の数だけ、人生があって、考え方も異なるんですよね。何かの事件があって犠牲者の際に、北野武が「犠牲者が1000人と考えると実感がわかないけど、1人1人の人生があって、それが1000個失われたと考えると、どれだけ悲惨かよく分かる」と言っていましたが、そんな感じでしょうか。登場するそれぞれのキャラクターが濃くて、面白かったです。とくに、セルティックのサポーターのバカさとか、清々しさ抜群でした。
<印象的なシーン>
話自体は3話目が面白いのですが、1話目のラストが印象に残りました。

初老の男性が食堂車でぼんやり物思いにふけっています。食堂車は混んでいますが、初老の男性の隣は誰もいません。なぜなら、快適に過ごすために1人で2席分のチケットをとったからです。それをいいことに初老の男性は「あの女ともう一度会いたい、会って、あんなことやこんなことをしたい…」妄想全開(いいご身分だなあ)。そんな時、初老の男性は、ドアの向こうのタラップに、食堂車に入ることを許されない移民の親子が身を寄せ合っているのに気づきます。移民達は赤ん坊にミルクをあげようと哺乳瓶にお湯を入れるのですが、高圧的な兵士が「邪魔だどけ!」ってやってきて、ミルクが床に倒れてしまう。お腹を空かせた赤ん坊が泣きだす。残酷な現実を前に、それまで、和やかだった車内が一気に緊張感を増します。初老の男性も、自分の身勝手さを顧みて、妄想を中断します。そして、しばし悩んだ後、食堂車のスタッフを呼びとめるとミルクを頼みます。そして「温めてくれ」と付け加えます。それを聞いた乗客達の表情がほっと和らぎます。そして、ミルクがやってくると、初老の男性はそれを手に食堂車を出ます。この間、セリフは一切ありません。幸せというものの脆さや、人間の善なる部分を表現した、とてもいいシーンだと思いました。
※赤ちゃん用の粉ミルクと市販の成分無調整のミルクはそもそも違います。せっかく持って行っても赤ちゃん飲めなかったんじゃないかな、と思いましたが、まあ、それはそれ、これはこれということで。

2015年10月15日木曜日

映画目録「ブレッドアンドローズ」

<あらすじ>
姉を頼りに、メキシコからLAにやってきた移民のマヤ。姉のローサの紹介で、清掃員として働きだすが、そこは移民の弱みに付け込んで低賃金でこきつかう「今でいうBLACKな環境」だった。そんな中、マヤは偶然、労働組合員のサムと知り合う。「声を上げなければ、自分達の権利は勝ち取れない」と説くサムに心惹かれ、運動にのめりこんでいくマヤ。一方、病気の夫や子供二人を養うのに手一杯のローサは、それを冷ややかな目で見つめる。
<多分ここが面白いところ>
・マヤとサムの出会いが素敵
警備員に追われているサムを、清掃員のマヤがかくまってあげることで二人は知り合うのですが、そのコミカルなやりとりは「ローマの休日」を思い起こさせます。マヤは不法入国の移民。サムは組合の白人男性。身の上の異なる二人を「互いに意識させる」のに十分な出会いだったと思います。
・マヤが可愛い!
マヤは、若くて世間知らずで、とても勝気で、そしてものすごく素直な性格です。嬉しいことがあればもろ手を挙げて喜び、納得いかないと思えば手をぶんぶん振って異を唱える。思い込んだら、すぐに行動に移しちゃう。午前3時だろうが、お構いなし。移民=可哀想という図式が一般的だし、事実、その通りなのですが「移民という社会問題」をそのまま取り上げようとすると、どうしても映画が重たくなりがちです。その点、陽気なマヤのキャラクターがずいぶん、映画の印象を救っていると思います。
<印象的なシーン>
運動に手を染めた同僚を会社に密告した姉のローサを、「裏切り者!」とマヤが詰め寄り、それに対してローサが言い返すシーンがあるのですが、それがとにかく堪えます。早くに米国に渡ったローサは、長い間、メキシコにいる家族に送金してきましたが、実は、その金はローサが売春した金、文字通り体で稼いだ金だったのです。それに、そもそもマヤがLAで清掃員の仕事につけたのも、ローサが係の男にやらせてやったから…(涙)。「黒いのも、白いのも…私は世界中のチンポをくわえてきた。いつも尻拭いは私。かわいそうなローサ。誰も同情してくれない」そう言って、自分をせせら笑うローサに、「私は知らなかったの。何も知らなかったの」というだけのマヤ。どこのどんな世界でもそうですが「唯一絶対の正義」というものは存在しません。生きる人の数だけ、言い分があります。マヤの中の正義が大きく揺らぐのと同時に、移民達が置かれている絶望的な状況をよく表している、とてもいいシーンだと思いました。