あけましておめでとうございます。
私事ですが(そもそもブログはすべて私事)
シナリオ・センターの創始者の名前を冠した
脚本賞「新井一賞」を受賞しました。
約700編中の1位です。
「0時1分のシンデレラ」という題名の10分間の短い作品です。
以下、全文記載しておきました。
サクっと読めますので、お暇な時にどうぞ。
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「0時1分のシンデレラ」
〈人物表〉
奈良礼二(27)振り込め詐欺犯
馬場 南(35)5年間ひきこもりの痛いアラサー女
〈本文〉
〇渋谷駅・スクランブル交差点(夜)
ネオン。喧噪。行き交う無数の靴。
〇渋谷・ハチ公前(夜)
大勢の人。植え込みに座る奈良礼二(27)が厳しい表情で、複数の携帯電話を操作している。どれもガラケー。
女性の声「……あの」
顔を上げる礼二。
馬場南(35)が立っている。
南「……け、携帯貸してもらえませんか」
礼二「は? 何だよお前、いきなり」
南「なくしちゃったんです(涙声で)急いで連絡しないといけなくて……お願いします」
礼二にすがりつく、南。
礼二「どっか他行けよ。公衆電話あるだろ」
南「連絡先分からなくて。でもミクシィができれば」
周囲を見回す礼二。
礼二「…他の奴に頼めよ。誰だっていいだろ」
南「……(見回し)私、角型はちょっと」
礼二「角型?」
南「新しい携帯は、使ったことがないから」
礼二「角型ってスマホ?(失笑)」
礼二のガラケーを指さす南。
南「見たところ、たくさんお持ちみたいだし」
礼二「(携帯を隠し)全部使ってんだよ」
南「……(肩を落とす)そう、ですか」
礼二「(頭をかき)待ち合わせ? 恋人とか」
南「いや、そうじゃないんですけど……」
礼二「自分で探せよ。この辺にいるんだろ」
ハチ公の銅像を指さす礼二。
礼二「そこよじ上って、名前呼べよ。名前。何でもヴァーチャルに頼るんじゃねえよ」
南「……名前も、顔も、知らないんです……今日、初めて会うんです」
礼二「何だよ(苦笑)出会い系かよ」
南「(大声で)そんなんじゃありません!」
礼二「何怒ってんだよ……」
南「(一万円札を数枚抜き出し)お願いします」
礼二「……」
さらに数枚抜き出し、差しだす南。
礼二「……別に、いいけど」
紙幣と交換で携帯を差し出す礼二。
南「ありがとうございます!」
礼二、ため息をつき、作業に戻る。慣れた手つきでメールを打ち始める。
〇携帯電話・モニター
長文のメール。「年金制度の大幅な改正に伴い、還付金のお支払があります。お急ぎの場合は、コンビニ等のATMでお受け取りください。ただし、操作が煩雑となりますので、必ず、所定の番号までお電話ください」とある。
大量のアドレスに一斉送信される。
〇渋谷・ハチ公前(夜)
隣り合って座る礼二と南。
携帯をじっと見つめている南。
礼二「……待ち合わせ、何時だったんだよ」
南「8時です」
礼二「2時間も過ぎてんじゃん。もうダメだろ。とっとと携帯返して、帰れよ」
びっこを引きながら立ち上がる南。
南「……(雑踏を仰ぎ)渋谷って、こんな時間でも明るいんですね。人もたくさんいるし……みんな何だか楽しそう」
深呼吸する南。排気ガスにむせる。
礼二「あんたみたいのが来る場所じゃねよ」
南「……ここなら、誰が誰だか分からないから。もし、気に入らなかったら、そのまま合わないでいられるじゃないですか」
礼二「……」
南「(苦笑)私、外出るの久しぶりなんです。ずっと引きこもってたから……」
礼二「……だから、角型か(苦笑)」
南「彼が……誕生日くらい外に出てきなって」
礼二「それで、渋谷かよ」
南「生まれ変わるんだから、これまでとかけ離れた場所で会おうって……(苦笑)でも私、何着ていったらいいかとか分からなくて。オシャレなお店とか無理だから、それで駅前のイトーヨーカドーで……(自分の恰好を見返し)慣れないヒール履いて、皮剥けちゃって。嫌ですよね、そんな女」
礼二「……」
南「でも、もうちょっとでいいから、夢見させて下さい。誕生日の間だけでいいから」
南の握りしめている携帯が光る。
狂喜する南。通話を押して
南「もしもし? え? 還付金? ATM?」
携帯をひったくり、走り出す礼二。
〇渋谷・スクランブル交差点
路上を行き交う無数の靴。
礼二の声「年金の受け取りに使っている口座番号を押して……それから、今度は二つ並んでいるボタンの右側を、え? それは振り込みボタンだって? いや、おかしくないですよ。形式だけのものですので……ちょ、ちょっと、待って(切れる)」
〇渋谷・雑居ビル・裏手(夜)
ガラの悪い男2人に詰め寄られる礼二。
男A「一週間やってゼロ件って何だよ、こら」
男B「なめてんのか、お前」
男らに、何度も腹をこづかれる礼二。
礼二「すみません。すみません」
懐から、南にもらった金がこぼれる。
礼二「いや……そ、それは」
抵抗する礼二。奪い取る男A。
男A「こんなはした金で済むと思うなよ」
男B「本気で足抜けたかったら、結果出せ」
男達が立ち去ると、バケツを蹴飛ばす礼二。どこからともなく聞こえてくる路上ライブの歌声に
礼二「うるせえ! へたくそが!」
〇渋谷・ハチ公前(深夜)
歩いてくる礼二。衣服の乱れを整える。
礼二、歩み寄り、南に携帯を差し出す。
礼二「持っとけよ。まだ、時間あんだろ」
南「……お仕事は、いいんですか」
礼二「いいんだよ。別に」
南「……色々大変なんですね。渋谷の人も」
礼二「最初は、俺も眩しく感じたけどな」
南「……え?」
礼二「(ネオンを目に)田舎もんばっかだよ」
礼二、血の混じったつばを吐き捨て
礼二「本当に東京に生まれ育ったような奴はこんなとこ来ねえよ。来るのは、田舎もんばっか。渋谷なんて……東京だって、そうだろ。そんな大したところじゃねえよ」
南「……そうなんですか」
礼二「夢だ希望だって、聞こえはいいけどよ、要するに蛾だよ、蛾。光に群がる蛾。結局、何者にもなれやしねえ。あんたも……俺も」
南「そんなこと」
礼二「からかわれてただけだろ? 最初から。どこかで見て笑ってるのかもしれねえぞ」
南「……」
× × ×
礼二の腕時計。12時を回るところ。
礼二「(ため息)結局、ダメだったな」
南「……」
礼二「生まれ変わろうと思って、生まれ変われたら世話ねえよ……そんな、簡単なもんじゃねえだろ」
立ち上がり、よろよろ歩き出す南。
礼二「……どこ行くんだ? 帰んのか?」
ハチ公の上によじのぼりはじめる南。
好奇の視線を向ける周囲の人。
ハチ公にまたがる南。大きく息を吸い
南「おにゃんこクラブの会員と言うと年がばれるかなさん! 聞こえていますか? 私です! 5年間ひきこもりの痛いアラサー女でごめんねです!」
静まり返る周囲。失笑が漏れ出す。
礼二「……何でそんな名前にしてんだよ」
南「遅れてごめんなさい。まだいますか!?」
ざわつく周囲。人だかりができる。写真や動画を撮り出す者もいる。
南「心配しないでください。ただ……ただ一言だけ、御礼が言いたくて」
身を乗り出す南。ハイヒールが落ちる。
南「あなたのおかげで、外に出てくることができました。すごく勇気のいることだったけど、今は来てよかったと思ってます。何を着ていこう、何を話そう、どこに行こう……そういうのって長い間、忘れていました。初めてデートした、あの頃に戻ったみたいで、一瞬だけど、夢を見られました」
礼二「……(天をあおぐ)」
南「本気で見た夢は、たとえ、夢から覚めたとしても、魔法が解けることはない……ドキドキとか、ワクワクとか……そうですよね? おにゃんこクラブの会員と言うと年がばれるかなさん! 私もう大丈夫です。私これから、頑張りますから、一生懸命頑張りますから! 聞こえていますか?」
礼二「……」
礼二、立ち上がると、雑踏に分け入り
礼二「お前ら笑ってんじゃねえよ!」
礼二、人波をかきわけ、南のもとに歩み寄る。あと少しのところで、一人の男、多和田誠(44)に先を越される。多和田、落ちていたハイヒールを拾い上げると、南に歩み寄り
多和田「ごめんよ……ひきこもりの痛いアラサー女でごめんねさん」
南「……おにゃんこクラブの会員と言うと年がばれるかなさん?」
見つめあう南と多和田。周囲から歓声。
礼二「……(呆然)」
頭をかく礼二。回れ右して歩き出す。
礼二「やってらんねえよ(どこか嬉しそう)」
礼二の腰の携帯電話が光る。携帯を二つに折って捨てる礼二。鼻歌混じりで、雑踏に挑むように歩き出す。
了